日向当帰とは

日向当帰はセリ科の植物で学名は“Angelica Furcijuga Kitagawa”。Angelicは天使のAngelsに由来し、かつて日向当帰は強心剤として用いられたこともあり、死者をも蘇らせると言われていました。

日本では、日向当帰は「神の草」と呼ばれ、旧薩摩藩の住民が無病息災の民間薬として愛用していたことが分かっています。

現在、日向当帰の根は医薬品に認定されていますが、日向当帰の葉にも素晴らしい成分が含まれていることが判り、健康食品やサプリメントとして注目され、いくつかの大学や研究グループでたくさんの研究成果が発表されています。

日向当帰の葉

 

日向当帰の生産地

日向当帰の自生地は高千穂を中心とする宮崎県北部と大分県南部のエリアに限られています。

当研究会の会員生産者は、日向当帰の自生地である高千穂町で畑を耕し、天然の日向当帰と同じ自然環境で日向当帰を育てています。

収穫

 

日向当帰の歴史

1845年(弘化2年) 医師・本草学者である賀来飛霞(かくひか)によって発見され、高千穂地方の方言で”ウヅ”と呼ばれていた。(「高千穂採薬記」)
1950年(昭和25年) 林吉活により山人参の栽培が始まる。
1964年(昭和39年) 尾鈴山で山人参が採集される(長沢光男の原標本が残されている)。
1971年(昭和46年) 植物学者の北川政夫により”ウズ”が新種として発表され、学名を”Angelica Furcijuga Kitagawa(アンゲリカ・フルキジュガ・キタガワ)”、和名を”ヒュウガトウキ”と命名される。
1983年(昭和58年)

宮崎女子短期大学学長の小島正秋農学博士らグループにより”日本山人参”と名付けられ、同年、日本で最初の日本山人参の法人”農事組合法人・宮崎県日本山人参生産本部”が設立され、本格的な栽培普及活動が始まる。

志田庄二郎教授(宮崎農業大学農学部)が組合の依頼を受けて、ヒュウガトウキの人工栽培の基礎研究を始める。

大久保克己・高崎久男らが宮崎大学の実験農園で試験的に栽培を開始する。

1985年(昭和60年)

廣江美之助理学博士の協力の元で行われた調査で、日本山人参の原植物をイヌトウキと報告される。

奥田拓道医学博士(愛媛大学医学部)による成分効能に関する研究が発表され、日本山人参は天然医薬資源として注目される。

1993年(平成5年) 志田庄二郎教授らの調査研究により、日本山人参の原植物はヒュウガトウキであると訂正発表される。
1995年(平成7年)

馬場きみ江助教授(大阪医薬大学)、高崎久男らにより、日本山人参はヒュウガトウキであると解明される。(「日本薬学会第115年会仙台」)

九州大学医学部で糖尿病のラットによる研究がなされる。

日本薬学会近畿大会で大阪薬科大学医学部の馬場きみ江助教授により、ヒュウガトウキ主成分YN-1の抗炎症、抗潰瘍作用などの研究結果が発表される。

2002年(平成11年)

厚生労働省「医薬発第1115003号」医薬品の範囲に関する基準の一部改正の中で、「ヒュウガトウキ(根)」日本山人参が”専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)”リストに追加される。

※これにより、日本山人参「ヒュウガトウキ」の根っこは健康食品として使用できなくなる。

2004年(平成16年)

厚生労働省「薬食発第0331009号」医薬品の範囲に関する基準の一部改正の中で、「ヒュウガトウキ」日本山人参の学名を明らかにし、種を特定した。

※これにより「イヌトウキ」との学名論争に終止符が打たれる。

 

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